あまみずシリーズ

これまでにたくさん制作してきたあまみずシリーズですが、今年もまとまった数を作りたいと考えています。

いろんなサイズを作ってきましたが、標準的なサイズ(ペットボトルの蓋くらいの大きさ)のものは、これまでに3種類の型を使ってきました。
今年はさらに一つ新しい型を作ろう!ということで原型を制作しました。

↓ノーマルタイプと面長タイプ。
面長さんは、大陸の影響が濃い仏像みたいなイメージで濃いめの顔だちです。

あまみずぃーず

↓ノーマルタイプで、以前の型との比較。
以前のものよりも顔のパーツが大きくてはっきりしています。

あまみずぃーず

↓新型から型抜きして顔を彫ってみたもの。
面長さんは人の顔に近いバランスだからかまとまりやすいのですが、ノーマル型が間延びして見えるかも?
と思って、新型いまいちかな…と2日くらい気持ちが落ちましたが、以前の型と同じでは新しい型を作った意味がないので、この型の良さを引き出していきたいです。

あまみずぃーず

↓険しい顔の人(旧型)と、単眼の人。面長型だと単眼を縦に配置しやすいです。

あまみずぃーず
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少しずつ

年末年始は色々忙しかったりしてあまり制作は進みませんでしたが、くだものインコはじわじわ増えてきています。

くだものインコに囲まれて不安な気持ちになるなまずねこ↓。

くだものいんこ

以前に制作した「くだものさん」は、顔がないので言葉を発しない設定なのですが、この「くだものインコ」もさえずらない設定かな……。
鳴かない小鳥、ってやっぱり不気味なのかも。
ものを食べるところも想像できませんが、フンだけはしそうな気も(お尻の穴があるので)。

双頭ちゃん

双頭の子もあります。
もうわけがわかりません。

くだものインコ

先月制作した「くだものインコ」です。タイトルは変えるかもしれませんが、今のところそう呼んでいます。

くだものインコ

「くだものさん」のインコバージョンです。

私はインコと暮らしているのですが、以前からインコのお尻まわりから脚にかけてのラインが可愛いなあと思っていました。
よく、子犬やハムスターのお尻が可愛いと騒がれたりしているのを見ますが、「インコのお尻も可愛いのに……どうにか伝えられないものか」というもどかしい思いがあったので、そのあたりを形にしたかったのです。

とくに小さくてカラフルなインコは果実のような感じもするので、そのあたりを果物の形で表現できないかなあと思い、インコの脚の生えたくだものにしてみました。

くちばしや翼が無くても鳥の表現ができるのが面白いです。
いちおう、現実にいるインコのカラーリングにしてあります。

代官山にて

昨年11月の三人展の最中に、少しだけ会場を抜け出して周辺で撮影をしてきました。
新作人形「キカ」です。


きか

短い時間でしたが、写真が撮れてよかったです。
やはり自然光の下で見るほうが魅力的だなと思います。
金髪が日に透ける感じも気に入っています。

きか

長めの独り言

 前回のブログをアップした直後に、今年の抱負とか目標みたいなものを書くべきだったのでは…と思ったものの後の祭りでした。

制作に関しては、ここ数年は型を作って同じ形のものをたくさん作るのと、一点ものの大きめの作品を作るのが二つの柱みたいになっているのですが、今年はこの中間くらいの感じで何かできないかなあと考えています。
一つベースになるものを作って、そこからバリエーションを広げていくのが楽しいし、いろいろ試していきたい。

それ以外の面については、息切れしないようにうまく補充しながら走れるようになりたいと思っています。
昨年は、展示の回数はさほど多くなかったのですが、とくに三人展には並々ならぬ緊張感をもって臨んでいたので、夏以降はずっと全力疾走という感じでした。
展示会の直前に体調を崩していたこともあり(咳が止まらなくなって吸入薬を使っていました)、非常に消耗しました。

夏以降読書の余裕がなく、吉村昭の『破獄』(戦時中の監獄で脱獄を繰り返す囚人のお話)を読み始めたものの数ページずつしか読めなくて2ヵ月くらいかかってしまい、自分も監獄の中にいるような閉塞的な気持ちになっていました。本を開いてもなかなか進まず、小説が読めない状態に。
時間の問題もありますが、何か別のことで頭がいっぱいになっていると物語に身をゆだねることが難しくなってきます。

そういう状態が続いたので、時間ができたら何かボリュームのあるものを読みたい、美しい文章が読みたいと思っていまして、三人展が終わってから、以前から「いつか読もう」と思っていた三島由紀夫『豊饒の海』に取り掛かりました。
旧字体の本だったので、最初は読みづらかったのですが、スマホに漢和辞典のアプリを入れて(手書き入力で検索できるので非常に便利でした!)読み進めるうちに文字にも慣れてきて、久しぶりに「貪るように読む」という体験をしました。

好き嫌いの分かれるところなのでしょうが、三島の表現技巧を尽くした美しい描写は乾ききった土に水がしみ込んでいくようで、「どうしてこんな表現ができるのだろう」と同じ文章を何度も読み返したりしました。
印象的なシーンはたくさんあるのですが、とくに『春の雪』で清顕の見る夢の一つ、無数の死んだ鳥が空から降ってくる場面がとても印象に残っています。

この本を書き上げた直後に自決していることを知って読むので、あらゆる文章が遺書のように感じられ、とくに第四巻は読むのがつらいようなところもありました。

何が言いたいのかわからないままだらだらと長くなってしまいました…。
最近はツイッターで短いつぶやきばかりなので、たまにはとりとめのない長めの独り言も良いでしょう。